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2008.06.04 (Wed)

今宮雅子さんのブログ更新されています。

いつも心温まる、優しい言葉をありがとうございます。
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最後まで“エレガント”であり続けた、小さなチーム
SAF1が辿った2年半の軌跡(奇跡?)は、ファンの心の中に深く刻まれている。それだけに悔しさ、寂しさの思いは撤退会見からふた月ほどたった今も募るばかりだ。亜久里、琢磨を始めとしたSAF1の人々の爽やかな態度だけが救いかもしれない。
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どんな時も人への尊敬を忘れない亜久里。 
トルコGPでのFIA会見の席上、スーパーアグリの解散について訊ねられたSirフランク・ウィリアムズが「残念である」と語った時、プレスルームでは不満の声が上がった。
「“残念”って、そもそも、あなたがカスタマーカーに反対したのが原因じゃないか!」
 カスタマーカーの使用が再び禁止されると、SAF1やトロロッソは大きな進路変更を余儀なくされる。SAF1チームの存続を懸けた多くの交渉において、最大の障害は“カスタマー問題”であったと、ヨーロッパのプレスは認識しているのだ。ウィリアムズの立場も理解できる。しかしSAF1撤退を「残念」と言って欲しくはなかった、と。
 一方で、日本のファンの批難がウィリアムズに向けられることはない。
06年のSAF1参戦に際しては、フランク・ウィリアムズもそれを了承したひとりである。様々なインタビューの中でも、彼はスーパーアグリに対して好意的なコメントを発していた。鈴木亜久里自身、参戦当時から「ウィリアムズのようなチーム」が目標なのだと話してきた。ウィリアムズがカスタマーカーの使用に難色を示したのは、12番目のチームとして参戦を認められたデビッド・リチャーズが、マクラーレンの車体を使用しようとしたためである。トップチームのマシンのカスタマー化は、ウィリアムズにとって自らのチームの存続に影響を及ぼしかねない問題となってしまったのだ。
撤退に至る困難の中でも、鈴木亜久里は一度たりともフランク・ウィリアムズに対する批難を口にしなかった。そんなことは心に浮かびさえしなかったのである。
「そりゃあ、みんなフランクさんの言葉には耳を傾けるよね。バーニー(エクレストンFOM代表)やマックス(モズレイFIA会長)も、フランクさんの言うことは聴くよ。だって、フランク・ウィリアムズなんだから」
 長くF1チームを率いてきた“先輩”に対する敬意が溢れる、まったく陰のない言葉だった。自らが窮地に陥っても、“人”を尊重することを忘れない、鈴木亜久里の潔さを感じた。
 いつかのグランプリの木曜日、スーパーアグリのモーターホームの前を通りかかると、仰向けになってモーターホームの下で作業をしている最中のメカニックが「ハイ!」と笑顔を見せた。作業の邪魔になっては申し訳ないので「ハイ!」と返して通り過ぎようとすると、思い直したようにモーターホームの下から這い出してきた彼は、しっかり立ち上がりながら、あらためて礼儀正しく「ハロー!」と言った。
 言葉で説明するのはとても難しいけれど、モータースポーツの世界には(今日のF1においても)、こんなふうに、大勢には影響しないけれど琴線に触れる瞬間がいくつもある。みんなレースが好きでここに集まったのだと、息を吸うように自然に感じられた時には、同じ空気を分かち合えることに、胸が詰まるような幸福を感じる。
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誇れるSAF1チームの品格の高さ。
 ユニークなキャラクターが集まったSAF1チームでは、琢磨曰く「ユニークで楽しいキャラクターが集まるトラッキーの間でも、ひときわユニーク」な料理上手のバーニーがみんなのお小遣いを集め、車両保管ルールでメカニック作業ができない土曜の夜を利用して、バーベキューパーティーを開いていたりした。スーパーアグリにおいて“チーム全員”という言葉が使われる時には、ドライバーもチームオーナーもメカニックも、何の垣根もなく集まった。
 2005年末、不眠不休で06年参戦のためのマシンを製作していた時には、クリスマスも自宅に帰れないスタッフが、家族をファクトリーに呼び、子供たちが遊ぶ傍らで作業を続けた。そんなチームなのである。
 スーパーアグリが見事なまでに潔いレーシング精神を備えたチームである事実に触れるたび、亜久里は「貧乏なチームだからじゃない?」と言って笑った。
「みんな本当に貧乏なチームだってわかってて、ひとりひとりが力を合わせないと、ひとりでも違う方向を向くとばらばらになっちゃうって、全員が自覚してたからじゃない?」と------。
 しかし、すばらしいメンバーがそろった背景には、鈴木亜久里の人に対する敬意と、その精神を共有した創立メンバーの求心力がある。
「うちのチームには一切、政治はないからね」というのが、チームのナンバー2であるダニエル・オーデットの口癖だった。彼が言葉にするまでもなく、旧くからF1を取材するジャーナリストたちは「亜久里はドライバー時代からすばらしい人格であり、ダニエルが尊大な態度を取ったことはかつて一度もない。フェラーリにいた時代を含めて、ダニエルは一貫して常ににこやかで、周りへの敬意を忘れない、品格溢れる人間だよ」と、口を揃える。亜久里の意志を汲み、オーデットが目指したのは、政治とは無縁の、それぞれが思う存分に力を発揮できるチームだった。
 鈴木亜久里が謙虚に「貧乏だから」と表現するように、人一倍多くの仕事を要求される予算の小さなチームには、それを承知の上で“レースがしたい!”という純粋な精神が集まった。しかし同時に、設立以来、最後まで変わらぬ努力を続けたチームには、亜久里と創立メンバーの血統が色濃く表れた。
「会社の中枢となるストラテジーのメンバーの求心力、みんなを集める力がすごく強かったと思う」と、今も亜久里はスタッフの力を讃える。
「何よりも誇りに思ったのは、みんなの一体感だった。チームのみんながチームを愛して、あれだけ最後の最後まで団結してた。それがいちばんの誇りだと思う。
 それは、チームの中がすごく風通し良かったからなんだよね。会社のボードメンバーは全員が情報を共有していた。だからそれぞれ、自分のパートだから他には言わなくていいっていうことじゃなくて、全員が、どこの部署の困ったことも何もかも、小さなことも大きなことも共有してたからね。それでみんなで力を合わせて解決していく、という方法を採ったから。
 ユニフォームのことだから技術屋さんには関係ないとか、人事のことだから経理には関係ないとか、そういうやり方じゃなかったね。困ったことがあったらいつも全員で情報を共有して、全員の認識の中でみんなが決めていったから。お金のことだから経理屋さんだけがやるというのではなくて、スポンサーに関してどういう状況なのかも、全員が把握してたよ。たとえば技術を率いるマーク・プレストンだって、ユニフォームのことからトラックの塗装のことまで(笑)知ってたよ。
 小さなチームだからできた部分もあると思う。でも、困ったことはみんなで解決する、隠し事は何ひとつない、全員で力を合わせて進む、というやり方にしたから。いい時にはみんなで喜び、大変な時にもみんなで納得して出した結論だから“誰の責任”という考えは一切なかった。最後まで一丸となっていられたのは、そのおかげだと思うよ」
 鈴木亜久里の心を支えてきたのは、いつもチームのメンバーとドライバーたちの笑顔だった。モナコで佐藤琢磨に会った時、彼がインタビュー外でもいちばん口にしたのは一緒に戦ってきたチームのことであり「亜久里さん」のことだった。
 F1界でもっとも小さく、もっともオープンで、共感が持てるチーム------フランス人たちが“エレガント”と評したのは、SAF1に溢れていた品格。最終的に、それは汗と油の匂いのする、人に対する敬意であったのだと思う。
(文中敬称略)
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